南川とうこは、三重県四日市出身ですが、学生の時に福岡県北九州市にいました。

なぜだか「四日市でおもろいことしたいな」って思ったからです。
そう思った高校生時代に、進学先を探していて、
感覚的に ですが、北九州は
無知な私からしても「面白そうなまち」でした。
北九州市立大学地域創生学群という学部を知った時に、
「私、ここに行きたいっ!」と直感で感じました。

学校の外に先生がいて、
地域をキャンパスに学んでいく学部なので、
まちの方には、たくさんご縁をいただきました。

私は4年間の学生生活を通して、
北九州の小倉、八幡、戸畑、若松、門司…
各地で、まちの人たちにすん〜ごくお世話になりました。
数人ではないんです。
本当に、行くところ行くところで素敵なご縁をたくさん。。。

だから私は、誰から、ではなく
まち全体から愛をいただいたと、記憶しています。
北九州のイメージは、私にとって、愛情だだ漏れです。
私はこういうまちを、「愛情だだ漏れ特区」と呼んでいます(笑)

さて、4年生になり、
就職先を選ぶ時期がきました。正直迷いました。
北九州が好きになりすぎてしまったからです。

私を生んでくれたまちに戻るか、育ててくれたまちに残るのか。

当時、自分を探すようにあえて
エリアを絞らずに就職活動をしましたが

ある日、今勤務させていただいている
株式会社郷土活性化の、最高な社長に出会い、
私は四日市へ帰る事にしました。

 

決めてからまた迷う私。
北九州を離れたくない、寂しい、名残惜しい気持ち、
まだまだやりたい、北九州でのいろんな事……

 

そんな自分に自分で、何度も
このまちに来たそもそものきっかけは、
四日市でおもろいことをしたいだったんだから四日市に帰るべきなんだ
と言い聞かせていました。

ある日、お世話になったまちの人たちの前で自分の活動報告を
させていただける機会をいただきました。
たくさんの方が聞きにきてくださりました。

 

私は、モヤモヤした迷いを隠して、
強がって全力プラス思考で発表をしました。

 

発表が終わって、最後に、
北九州の人たちに言われた言葉はこうでした。

 

 

「みんなに地元がある。あなたは地元に帰りなさい」
「あなたはティンカーベルみたいに、行く先行く先で幸せを振りまくんだ」
「あなたが地元で頑張ってる姿を見て、僕たちも北九州を盛り上げようと励める。共に頑張ろう」

 

私はこの時、想いました。

 

私は北九州というまちに飛び込んで、
大きな愛のトランポリンみたいな環境で
包まれて、支えて、背中を押してもらえた。

 

四日市に帰って、今度自分が まち側の人間 になった時に、
こんな風に背中を押せる大人でいたい

 

四日市を、愛情だだ漏れ特区にするんだ。

 

「まちづくり」「地域活性化」というとどうしても
一人でも多くの人が来てくれるまちに…
という想いが強くなる。もちろんそれは大切。
だから、背中を押して人を送り出すまちは、
その時、一時的に人口が減るかもしれない。
四日市の人は、どんどん減ってしまうかもしれない。

 

それでも、こうして四日市で背中を押される人が
一人、また一人と増えれば
その人が違う地域に行った時、
四日市を想う人が全国に増える

 

そして各々つながりつづければ
「その人が行った先の地域で、また
頑張れば頑張るほど、四日市も頑張ろうと勇気付けられる」

 

あれ、
これって、
まるで姉妹都市じゃん。

姉妹都市とは、
文化交流や何か起きた時の支援体制を整えるために

都市と都市が手をつなぐこと。

 

もしも、愛情だだ漏れ特区が増えて、
こんな風に、まちとまちが、つながれば。
ハンコがなくても、条約締結しなくても、
人と人がつながり、

 

全国は勝手に姉妹都市状態になってしまう。

 

 

人が心を開き愛を溢れさせ、
愛を受け取り、背中を押し合う、愛情だだ漏れになるだけで、

 

常に文化は交流し、支援体制は整えることができる。

 

これが私の

全国勝手に姉妹都市計画。